ヴィチェンツァの話

世界遺産の街には、こんな日々がありました。

イタリア北部のヴィチェンツァは、ヴェネツィアとヴェローナの中間にある小ぢんまりした街。  ヴェネツィアまで急行列車で50分ほど。途中には大学都市のパドヴァもある。  16世紀の天才建築家パラーディオが出た街、その作品である美しい建築物がたくさんある街。  それゆえ世界遺産に登録されている。

青い屋根の建物がバシリカ(公会堂)。その前にシニョーリ広場がひろがっている。中心街に入るには、Retrone川を越えていく。 サンミケーレ橋 を渡って。 

旧市街へ入る橋の上から眺望する公会堂。 ここは「観光地」ではなく、街に住む人たちが「わが街」と愛してやまない、静かで美しい、大人の街というべきだろう。

旧市街には16世紀前後の建物が残っていて、いまも人びとが住んでいる。公会堂は16世紀にパラーディオが設計して改築。その前にひろがる広場では、バザールや祭りが催される。

裏側にエルベ広場がある。ここにも露店の市場が立つが、なぜかシニョーリ広場よりは地味で暗い。そばにそびえる塔が13世紀には処刑室のある拷問の塔だったからかもしれない。

シニョーリ広場にそびえる塔は高さ82メートル。12世紀につくられて、14世紀と15世紀には、さらに高く増築されたという。いわば旧市街のシンボルみたいな存在だ。

シニョーリ広場に面した カフェやバールはたくさんあるが、なかでも大きくて優雅な老舗を誇るのが「ガリバルディ」。ここでエスプレッソやグラスワインで軽い昼食をとるのが楽しみ。

夕方になると街の人びとが散策にやってくる。乳母車を押した夫婦やお祖父さんも。みんな知り合いに出会うたびに立ち話に興じる。

広場には子供たちも集まり、くつろいだようすで行き来する人びとを眺める。ゲーム機に没頭している子なんて一人もいない。みんな好奇心にみちた表情で、目の前の光景を楽しんでいる。

広場では、週に数回、午前中に市場が立つ。今日は衣類や靴の市で、市価の半値以下という靴が、どっさりとならぶ。気取らない街の人びとが、安くて上等な靴を求めて物色する。

露店商たちは屋根(ルーフ)付きの大きな専用車でやってくる。 ありとあらゆる衣類がならび、集まった人びとは楽しげにお買い物。なにしろ安いから、予定外のものまで買ってしまうらしい。

街の人びとのお待ちかねはお菓子の市。ことにもチョコレート市には、老若男女を問わず、浮きうきと集まる。手づくりのチョコレートを、まずは一個買ってみて、気に入ったら、まとめ買い。

夜に入ってもお菓子の市はつづく。お勤め帰りのご婦人たちが、あれもこれもと指さして、とうとう大きな紙袋いっぱい買った。ダイエットは大丈夫? 横目で考える彼女も、それが心配。

冷蔵ケース付きの大きな専用車でチーズの露店がやってくると、その種類の多さに目を奪われる。ほとんどが、その場で切り売りされる。その新鮮さが売り物だが、たしかに美味しい。

大きなグリル付きの専用車であらわれるロースト・ポーク屋さん。焼きたての肉の塊を目の前で切りわけてくれる。「うちのは最高の味よ」と看板娘が笑いかけてくると、つい買ってしまう。

その朝収穫した野菜を積んでくる八百屋さん。「自分で育てたんだ」と農家の青年は自慢そうに言う。たしかにみずみずしい野菜ばかりで、すぐにドレッシングをかけて食べたくなるほどだ。

隣の露店では大きなナスやニンジンがならんでいる。赤カブやピーマンもある。なにより魅力的なのは、売り手の娘さん。農家の娘らしく、はにかみながら素直なポーズをとってくれた。

キノコの露店も多く、ちょうど10月はシーズンなので、いろんな種類のキノコがあふれている。もちろんトリュフもあるが、ほとんどは名も知らない安いもの。パスタに加えると抜群の美味だ。

露店ではないが、街には評判のいいお惣菜屋さんが幾つもある。量り売りで買ってきて、食卓にならべると、ちょっとした街のリストランテやトラットリアの料理より豪華そうで、美味しい。

広場に特設舞台がしつらえられて、ダンスの競技がはじまった。お祭りのイベントの一つだが、毎年のことで、街じゅうから見物人や応援団が押しかける。踊るのも、もちろん街の人たち。

見物人たちを魅了したのは、10代のカップル。広い舞台を自在に使って、若々しく優雅にワルツを披露している。うっとり眺める観客から、ひときわ大きな拍手が鳴り渡った。

土曜と日曜の二日にわたって恒例の焼き栗祭りが催された。広場の一角に、材料の栗が山のように積み上げられ、大きなテントと巨大な薪用の炉が準備され、いよいよ焼きはじまった。

炉に薪が燃やされ、そこに畳一枚(?)もの大きさの鉄板が。鉄板には、たくさんの小さな穴が開けてある。栗を撒き入れて、男たちが鉄製の棒でかきまわすと、栗の焼ける香りが……。

栗は焼くそばから売れていく。一袋に20個以上入って1ユーロ。テントの中では地元のワインも売られ、プラスチックのコップ一杯が1ユーロ。ちょっと高めだが、そこはお祭り気分で。

旧市街の外れにあるテアトロ・オリンピコのそばに、いつも出ている焼き栗屋さん。ふだんは贔屓客で繁盛しているが、さすがに焼き栗祭りの日は暇だ。それでも終日、客待ちをしている。

借りていたフラットへ週に一度、掃除しに来る娘さんはボスニア紛争のなかから移民してきたクロアチア人。物静かで哀しげな目をした高校生。母親もプロの掃除婦として生計をたてている。

クルマの通れないサンミケーレ橋の隣に、もう一つ石造りの橋がある。シニョーリ広場へ向かうクルマがひっきりなしに通過するけれど、そこからサンミケーレ橋を撮影するのが一番。

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